音楽の波及効果

近年、音楽業界ってすごく変わりましたよね。私の時代なんかはまだレコードしかなく、発売日に買いに行ったりしてましたね~。その後レコードからCD・MDへトントン拍子に移行し、いまではネットで曲を購入できる時代に・・・。本当、ここ30年ほどの間に革命的な進歩だと思います。

今日はバンド組んで音楽やって・・・という「音楽を演奏する側の立場」ではなく、聴く側の立場について話をしましょう。

世の中で音楽ってどんな地位にあるのか?って真剣に考えたことないのですが、最近少し考える機会がありました。市や県などが文化活動に対しての補助金などを打ち切ったり、今まで長くやってきた音楽イベントを辞めたりし始めているという話を耳にしました。世の中の景気が良くても悪くても、いつの時代もお役所だけは一緒だと思っていたので、非常に驚きました。。

補助金が出ないのは仕方ないとしても、今まで長くやっていた音楽イベントを辞めてしまう、あるいはあまり協力しないという姿勢はどこからやってきたのでしょう?誰かの差し金?市民からの意見があった?そもそも、世の中から音楽がなくなっても害はないということ?色々な疑問が頭をよぎります。

私たちの周りには様々な音楽であふれています。TVをつけていればいやでもCMで音楽が流れますし、スーパーに入れば何かしら必ずBGMが流れています。気分がよければ鼻歌を歌ったりしますし、ある歌がぐるぐる頭を巡ってるときも。それだけ、音楽は身近に欠かせない空気のような存在なのではないかと思うのです。しかも、昔繰り返し聞いたような曲は、今聴いても繰り返し聴いていた当時のことを思い出したり、当時の景色がよみがえったり、音楽って色々な思い出と共にある頼もしい存在だと思いますが皆さんはいかがでしょうか?

でも、何といっても音楽の醍醐味は、やはり生演奏でしょう!リアルに勝るものはありません。しかも音楽って、海外の人たちとコミュニケーションをとるツールとしても最高で!!言葉は通じなくても、音楽を奏でると反応があったり、すぐに意思疎通がはかれてしまうのですから。

音楽イベントが減らされてるという現実はありますが、本当は人間にとって欠かせないものなので、これからも大切に守っていきたいです。また、どういう形であれ、イベントの大小関係なしに積極的に参加して行きましょう~!!

 

アメリカで本場のラグタイム①

バブルがはじけて就職難だった当時、御多分にもれず仕事に就けなかった私。大学を卒業して半年位たった後にやっと地元の小さな企業に就職しました。

その頃タイミング悪く?私には非常に大きなチャンスがやってきました。なんと毎年行われている大きなジャズイベントで、私が大好きなラグタイムのピアニストI氏と一緒に出演できることになったのです。プログラムに、私のバンドとその人の名前を見つけた時はどれだけ興奮したことか!!!当時の企画構成を考えてくださったS氏には今でも本当に感謝しています。

I氏はプロであるにも関わらず、とてもフレンドリーで感性豊かな方でした。すぐに親しくなり、I氏がアメリカで毎年出演しているラグタイムフェスティバルに誘われました。

夢のような話でした。日本でもアマチュアで知名度もない私が、アメリカに行かないか?なんて誘ってもらえるなんて。モチロンその時は演奏できるなんて思っておらず、世界のラグタイム演奏者が集結する一大イベントを聴きに行きたい一心でした。

I氏とジョイントしたのは1995年10月、ようやく就職できた直後の出来事でした。翌年そのラグタイムフェスティバルに参加するために就職したての私が10日も休むことが難しいことも分かっていたので、非常に迷いました。でもやはり、こういうチャンスは今しかないと決断し、せっかく就職した会社を翌年、ラグタイムフェスティバルへ行く直前に退職し(今思うと非常に無謀なことでしたxx)、アメリカ10日間の旅に出かけました。

I氏は親切にも空港まで迎えに来て下さり、1人でアメリカへ行く不安を癒してくれました。

ホテルに到着し(実はこのホテルもI氏が用意してくれたもので。。本当に感謝)、早速ラグタイムフェスティバルのプログラムを頂きました。当時はまだパソコンが今のように普及していなかったため、ネットでプログラムを見れる時代ではなかったのでこの瞬間を非常に楽しみにしていました。

アメリカでラグタイムフェスティバルと名のつくものは数多くありますが、なかでも私が参加したスコットジョプリンラグタイムフェスティバルは歴史あるイベントで、ラグタイムの父と呼ばれるスコットジョプリン生誕の地であるセダリアで毎年行われているイベントです。

世界中から集まったラグタイム演奏家達
世界中から集まったラグタイム演奏家達

そこで思いもよらず、I氏の出演するステージにて私もサプライズ演奏することになり(・・ビデオ回していたら、急に舞台に呼ばれ・・・本当にびっくりでした!)、一緒に演奏させて頂いたり、ソロでピアノを弾かせて頂いたりと舞台ごとに演奏させていただきました!!→②へ続く~

 

アメリカで本場のラグタイム②

ラグタイムとは?と少し解説しますと、クラシックとジャズの中間的な音楽ジャンルです。発祥はアメリカ。年代的には1900年頃~ヨーロッパからきたクラシックから発展して、ラグタイムというアメリカ独自のスタイルが確立したと言われています。ピアノで左手の強烈なリズムを刻みながら演奏する、特徴のあるスタイルで、ディズニーランドなどでよくBGMにも流れています。BICYCLE PIANOで専属ラグタイムプレーヤーもいましたね。

5日間にわたって行われる
5日間にわたって行われる

このスコットジョプリンラグタイムフェスティバルは約1週間24時間どこででもラグタイムが聴けるという、ラグタイムファンにはあり得ないくらいどっぷりとラグタイム漬けになれるイベントです。1900年頃の服装に身を包む人たち、ホテルのロビーには誰でも弾いてOKのピアノがあって、かわるがわる誰かが演奏しています。昼間は町の色々なイベントスペースや野外でラグライム演奏があって、ピアノだけではなく歌あり、コンボスタイルあり、ラグタイムオーケストラ、アンサンブルあり、と様々なスタイルのラグタイムを聞くことが出来ます。また、ラグタイムについて色々な意見を交わしたり議論したりする場もあり、生演奏でラグタイムダンス出来る舞踏会の会場もあります。本当に色々な角度でラグタイムを楽しむことが出来て、夢のような時間を過ごしましたよ~。

私がI氏の舞台で貴重にも演奏させていただいた曲の中に、「RIVERSIDE RAG」という曲がありました。その曲は、私が日本のあるイベントでアメリカ人が弾いているのを聴いて人耳ぼれし(笑)、お願いして楽譜を頂いたものでした。I氏の舞台での演奏後、この曲の楽譜をもらえないか?と聞いていたアメリカ人から声を掛けられました(笑)ラグタイムの楽譜を、アメリカ人にコピーしてあげるなんてとても複雑で面白いな、と思ったことが今でも印象に残っています。

見かけからは考えられない機敏なラグタイムダンサー
見かけからは考えられない機敏なラグタイムダンサー

もう一つ素晴らしいのが、オールドタイムな音楽なのでお年寄りが多いと思いきや、小さな子供から中学、高校生等も参加されていて、積極的にラグタイムを演奏している姿に本当に感心しました。また、同年代に近い人たちが頑張って演奏している姿を見るだけで刺激になりますね。

人を育ててつないでいくって、本当に素晴らしいことですね。

こんにちの私は、すべてこのイベントに参加したことから始まっていることを胸に刻んで、皆で楽しめる音楽を目標にこれからも頑張りたいですね。

バブル期のライブ話

最近、世の中の景気が悪いのでちょっとここらでバブル時期に私が体験した演奏の話をしましょう。

あくまでアマチュアのバンドですが、バブル時期には色々と贅沢な演奏旅行をしました。モチロン、依頼を受けての話です。

バンドメンバーは兵庫県在住ですが、九州から北海道まで様々なところに演奏旅行に出かけました。中でも印象深いのが、関西から九州までの航路にて豪華客船での演奏。それはそれは大きくて豪華できらびやかな趣で、そこでのパーティでの演奏に出演しました。星の数ほどあるアマチュアバンドですが、この頃はアマチュアでさえこんなすごい体験ができるくらい、当時日本は潤いまくっていたのです(笑)また、野暮な話ですがギャランティ(出演料)も今とは比べ物になりません。今の3~4倍はもらっていたと思います。私は当時、たまに個人的にも演奏活動もしていたのですが、15分×2回ほどの演奏で3万円もらった記憶もあります。。何度も言いますがアマチュアに対してですよ。。今では本当に考えられないことです!

当時は毎年のように演奏旅行もしていました。四国や北海道が多かったですが、中でも四国は頻繁に行っていました。高知・徳島・愛媛とたいていの中心部には足を運んで演奏していましたね。

余談ですがこの色々なところへ演奏旅行へ行ったことは本当に貴重な体験でした。日本は狭い国ですが、土地柄といいますかやはり風土はそれぞれ違っていて、同じことをやっても土地によって反応が違うのです。中でもノリが良いと感じた所は、徳島と函館。住んでいる人のエネルギーをすごく感じて、すぐに親しくなれる土地柄でした。徳島は今でも徳島ジャズストリートという大きなイベントがありますね。私のバンドも長く参加していました。毎年夏頃(今は夏・冬と2回あるようですが・・)、たいてい阿波踊りが目前の日にちだったので、町中が阿波踊りの練習やらなんやらで大盛り上がりまっただ中。明るい雰囲気が大好きでした。

バブル全盛期が過ぎた頃、県や市からふれあい大賞等、様々な賞をいただきました。ありがたい話です。大好きな音楽を演奏して、賞まで頂いて・・・本当にわがバンドの絶頂期だったと振り返ってみると思いますね。バンドメンバーも若かったし、若いから演奏もパワーがありましたね。

長期にわたって同じメンバーでバンドを続けると、栄枯盛衰、色々な姿に変化したり環境変化したり・・。その話はまた次回に。

バンドでの悩みごと色々

バンドをせっかく結成しても、人間関係がうまくいかないとバンドをうまく運営することが出来ませんよね~。これは社会全般にも言えることで、人間関係は大切です。合わない人って必ずいるので、それに合わせられるかどうか、許容範囲かどうかで身の振り方も考えなくてはいけなくなります。

でもバンドなので、やはり何より一番大切なことが音楽の方向性が皆揃っているのか?ということ。たとえメンバーそれぞれがそれぞれにやりたいことが違っていても、そのバンドになった時にはバンドの方向性が決まっていれば全然問題ありません。例えば私も、今のバンドの方向性より本当はもっとオールドジャズが好きでやりたいと思っています。でも、バンドは1つの単位なので自分の好みは大きく主張できません。それはバンドという1つの単位としての方向性やイメージなどから、個人的なことは後回しになるからです。

最近そのジレンマに悩んでいる私なのです。

若い時はさほど思いませんでしたが、年とってくるとだんだん時間が惜しく思えてしまって・・・・本当のやりたいことに転向しようかと今考え中です。

バンドで私情は挟めないとはいえ、ついつい自分の趣味や好みが演奏に表れてしまうのは当然です。そういった個性まで否定されるようなバンドの方向性であったなら、私はバッサリ辞めてもいいと思います。

バンドとは元々個性の寄せ集めであり、1つの音楽を個性たっぷりの人間でやるからこそ、化学反応が起きるのです。そういった面白い演奏を聴きにいきたいとお客様に思わせてこそ、本当のバンドと言えると思います。

どこまでバンドとして音楽を追及するのか?という話については正解がありません。特にジャズは難しい面があります・・。ニューオリンズスタイルのジャズをやるんだ、と決めても、ジャズなんだからそこまで譜面やスタイルにこだわる必要があるのか?とか、自由なアドリブやっている人からすると思うだろうし、スタイルにこだわってない人からすると、バンドに嫌悪かんすら芽生えそう・・・><ああ、、だから最近、バンドではなく個人単位で演奏しているアマチュアが多いのね?と一人納得してしまいます。

結局バンドで活動するのって、色々な障害が多すぎて(特にお金ですね)、まず、日常生活に支障が無い人でないと、アマチュアで演奏活動もなかなか出来ないんじゃないかと思います。

趣味で音楽やるなら、音楽の方向性と人間関係・生活基盤さえ押さえておけばいいでしょう♪(いっぱいあるなぁ・・)

 

 

 

音楽を長く続けられた理由

私はアマチュア演奏歴だけは長いですが、最近分かったことがあります。それは、25年前今のバンドに入った頃と今の音楽的レベルが悲しいことになんら変わっていないことです。技術的にとか、そういうこといわれたら良くわかりませんが、昔の演奏録音聞いても、今の演奏録音きいても変わり映えしません・・・・それが実はちょっとショックでした。

25年の間、やはり長いですから浮気する時期もありました(・・・いや、人間じゃないですよ!)ジャズの中でも少しモダンなジャズやってみたくて1レッスン1万円もかけて習いに行ってた時期もありますし、コードがあいまいなのが嫌で同じくレッスンに通っていたときもあります。しかし、結果はあまり変わらないもの・・・(涙)。

しかしそういいながらも色々自分なりに試行錯誤しつつ何十年も、よくもやってこれたなと自分でも感心するところですが、なんでここまで続けられたのか、秘訣はなんなのか少し考えてみたいと思います~。

私が音楽を始めたきっかけは父親でした。父親は今のバンドの生みの親であり、まさにカリスマリーダー的な存在で、家でも毎日楽器を練習し、譜面を書く生活を送っていました。それも、サラリーマンしながら、毎日欠かさずにするのですから、「お父さんはこれが当たり前」と非日常的な毎日を普通のこととして小さいころから悟っていました。今のバンドに誘われたのも勿論父親がきっかけ。今思えば、「お父さんの呪い」ともいえるくらい(笑)、どっぷりはまってしまい、ジャズの世界から後戻りできなくなっていました。。

モチロン、根本的にオールドタイムジャズが好きだったのですが、バンドに入れてもらって何よりうれしかったのは、生の演奏を身近でタダで聴けて、参加できるということでした。他にも様々な良い出会いやなんかがあって、今でも未知数なところがありますが、基本的にはミーハー(古っ!)根性ですね!

そういう想いがあるからこそ、今でも音楽に固執できているのかな?と思っています。逆に、単純でもいいから、音楽を続ける理由があれば、長く続くのではないかと思うのです。でも、それが自分本位のものであったら続きません。自分が目立ちたいから、人より良く見られたいから・・等。少なからずそういう気持ちは持ち合わせているものですが、全面的にそういう気持ちばかりでは、絶対破綻する時が来ます。

結局のところ「好き」という単純な考えが音楽を支えているといってもいいですね。

もう私から音楽をとったら何も残りませんから(笑)

 

 

アメリカ演奏旅行記②

使節団一向はフェニックス到着。使節団には市長も含まれており、色々な業界の上の方も一緒でした。

フェニックス市からの熱烈な歓迎を受けホテルへ。バンドメンバーは皆アルコール大好きなので早速飲みに!!当時は私未成年だったので一滴も飲んでいませんでしたが、本当にあきれるくらい、みんな朝から晩まで飲んだくれていました(笑)会社の出張ではない、本当に好きな音楽での10日間もの旅行ですから、嬉しくないわけありませんよね~。メンバーのうちの一人が「今日も明日も明後日も、ここに泊まってるんだよね??」って何回も私に確認してきたり・・・まさに夢のような出来事だったのでしょうね!ちなみに私は大学生だったので学校には一応要請書を提出しましたが、10日間程度なら多分、授業休んでもあまり支障はなかったかも?

JAPANWEEKはフェニックス市の色々な場所でイベントがあり、私たちは野外ステージやホール等、色々なところで演奏しました。

野外ステージでも沢山のお客様が・・
野外ステージでも沢山のお客様が・・

演奏で一番印象が強かったのはやはりメインホールでしょう。メインホールは1日、色々な日本の文化を紹介するために舞踊や獅子舞、やまたのおろち?等々、伝統文化を舞台で紹介するプログラムでした。そんな日本文化を紹介するというイベントに、なんでアメリカの音楽やってる私らが呼ばれたのか??その答えはお客様の反応にありました。

日本文化はとても穏やかで、どちらかというと欧米人には飽きられやすい(いや、日本人でもずっと見てたら飽きるかも!)。現に、途中でいびきが聞こえたり(笑)、邦楽や舞踊が続くとちょっと興味が無いと厳しいものがあるかもしれないですよね・・

そんな中、私たちはとても異色な存在でした。そして、自画自賛ではありませんが、最も「ウケた」と思えるものでした。それまで静かな音楽や舞踊が続いていたというのもありますが、いきなり日本人がジャズ!!ということで、インパクトが強かったようでお客様はノリノリ!!日系の方もいらっしゃったようで、日本の曲「月の沙漠」をジャズにアレンジした曲を演奏するとスタンディングオベーションまで!!!鳴り止まない拍手にアンコールまでこなし、ステージは大成功でした。

サンフランシスコでの演奏については次回に続きます!!

アメリカ演奏旅行記③

フェニックスでの演奏も無事終わり、演奏の空き日などにせっかく用意してくれたバスツアーでは飲んだくれて寝たきりのメンバーがいたり(笑)そのせいで絶景を見逃して後で後悔したり(笑)飲み過ぎて部屋を出たはいいけど部屋のカギを持って出なかったため入れなくなったり(笑)ま、たいがい色々なことがありましたが、無事、何とかフェニックスを後にしました。結構日系のアメリカ人がいたり、現地で働いている日本人が多くてビックリしましたね。

さて、そのあとサンフランシスコに滞在したのですが、観光バスでサンフランシスコ中心部に差し掛かった途端、銃声を聞いてビビりました。ガイドによると、そういうことはしょっちゅうらしい。サンフランシスコは私も初めてだったので、ちょっと物騒だなぁと思いながらバスを降りました。ホテルについて自由散策ということで、早速ケーブルカーに!と思ったのですがまずは楽譜の物色に。今とは違って当時はまだネットで色々なものが買えるわけではなかったので、本場アメリカでしか手に入らない楽譜をどうしても買いたかったのです。今となっては1クリックするだけで買えますからね~・・便利になりました。

夜、最初に少し触れました、「GOLD DUST」というライブハウスにメンバーで押しかけました。そこでは本場の人たちが、ノリノリのディキシーランドジャズを演奏しているではありませんか!

メンバー一同、ほとんど英語を話せないという困難な状況でどうなるか心配していたのですが、音楽に国境はない!というのは本当でした。

カモン!と言われて一人ずつ、メンバーが現地の人たちの演奏に入っていき、ついにはフルメンバーで演奏!店はお客様であふれ、本当にいっぱいの人たちでした。知らない曲も知っている曲もみんなで助け合いつつ演奏しました。私たちは演奏出来ただけで嬉しくて、ただそれだけでしたが、お客様は沢山の「投げ銭」を下さいました。大きなガラスの器がいっぱいになるくらいのドル札!!!ビックリするやら嬉しいやら。

1人ずつメンバーが浸食!!
1人ずつメンバーが浸食!!

素敵なお店を紹介してくださったチャーリー田川さん。本当にありがとうございます。この時の体験は今でもメンバー一同、本当にいい思い出で、最近また行きたいとみんなが言っています。20年経てばもう大概おっさんでおばさんですが(笑)みんなが行ける条件整うって、奇跡みたいなもので本当あんなことは二度とないのかなと思っています。

余談ですが行きの飛行機の中で、メンバーが迷惑をかけてしまいました。飛行機は絶対禁煙なのにトイレの中でたばこを吸い、体格のいいチュワーデスに英語でまくし立てて怒られました。本人は軽い気持ちだったのかもしれませんが(後で笑い話にもなりましたが・・ええ)、本当スチュワーデスさんが怒るのは当然ですね・・・。なんせ、それだけみんな舞い上がっていたということです(笑)

アメリカ演奏旅行記①

もう20年前にもなりますが、今のバンドでアメリカへ行ったことがあります。すごい過去なのですがあまりこのことについて語ったことが無いので、今回は少しご紹介します。

渡米目的は、バンドの拠点である姫路市の姉妹都市であるアメリカ・フェニックス市でのイベント「AMERICA JAPAN WEEK」への日本人代表としての参加でした。当時の市長より推薦をいただきましたが、メンバーは働き盛りのバリバリサラリーマンばかりで、10日もの休暇を取り付けるなんて絶対無理な状態だったのですが、市長からの要請書により、ほぼ会社からの了解も取り付け晴れて全員行けることになりました!これ自体、今考えると奇跡に近いですね。本当すごいことです。

またせっかく渡米するのだからと、当時リーダーであった私の父親が、日程に組まれていたサンフランシスコでの滞在期間にどこか演奏できるところはないか?と思案の結果、チャーリー田川さんという日本人でアメリカに住んでいるバンジョー弾きの方に「GOLD DUST」というライブハウスを紹介してもらい演奏の機会をとりつけることができました。なので、フェニックスではJAPAN WEEKへ参加し、その後サンフランシスコでライブというスケジュールに。いやはや、すごいことになりそうだとその時どれだけわくわくしたか、いまでも覚えています(*`-ω-*)

私はそれまでに何度かアメリカに行く機会があったので初めてではなかったのですが、父親は渡米は初めて、他のメンバーも海外旅行自体が初めてのメンバーもいて、初めてずくしの旅行、しかもバンドメンバーで行けるなんて・・!と、みんなわくわく感がハンパなかったです(笑)嬉し過ぎて、本当にどうしようかと思うくらい。

JAPAN WEEK というイベントは、文字通り1週間ほど日本についての文化や歴史、その他日本の特徴等を紹介したり体験するというもの。色々な国で行われているようですね。

フェニックスは、アリゾナ州にあるとても乾燥した暑い地域でした。ついて開口一番の感想が「暑い!!!!!!」

今は亡きリーダー
今は亡きリーダーで私の父親

しかし、日本とは違って乾燥しているのでカラッとした暑さで、べとべとしていないので過ごしやすかったです。砂漠地帯に近いので昼と朝晩の寒暖の差が激しいため、夜は長袖でしたが、昼間は35°以上になる為半そででした。

フェニックスに着いてからのバンドメンバーの珍道中は②へ続きます!!

 

惹きつける演奏

最近文化の秋、ということで私も演奏の機会が多く、普段はサラリーマンの私ですが10、11月は週末も仕事のようにスケジュールが埋まっています。

先週末は土曜日はライブハウスで、日曜日は野外での演奏でした。

ライブハウスと言えば、当然音楽を聴きたいという人たちが来て下さるので基本的にそのジャンルの音楽好きの方が集まりますよね。なので、お客さんと一緒に盛り上がったり、盛り上げてくれたりして演奏もヒートアップ。モチロン演奏する私たちもそのライブに向け一生懸命に練習していますが、ライブハウスでは基本的にお客様はほぼ味方。

ところが日曜日に演奏した野外ライブ。

こちらは町おこしイベントの中のステージイベントのプログラムなので、音楽好き、嫌いとか関係なく様々な人たちがステージを鑑賞します。野外で天気もサイコーによかったので、ピクニックのように皆さんご飯等を食べながら聴いてくださっていました。

これらのイベントはどちらも重要な演奏なのですが、中でもこの野外イベントの一環で参加する演奏は意外と重要なライブなんです。

というのも、普段ジャズを聴いたことない人も聴いて下さったり、耳にすることが出来る場だからです。そして、演奏する側はいかにしてそういった人たちの足を止めるか??私はいつもそれを課題にしています(笑)ちなみに昨日は天気は良かったのですが風が強く、楽譜が飛んで行ってしまったりハプニングがありましたが・・・とてもいいお客さんばかりで、真剣に聴いてくださっていました!

過去にとある近所のショッピングセンターでの演奏をたまたま買い物に来ていた人が聴いてくれていて、ファンになって下さり、それ以来ライブには頻繁に来て下さるようになったという人もいるのです。それまでは音楽なんて縁が無かった、というその人は、今ではジャズ大好きなオジサマです。ショッピングセンターでたまたま聞いた音楽がきっかけで人生が変わった、といっても過言ではありませんVV

こういう風に人に影響を与えることって、すごいことだと思いますよね。それに、簡単にできることではないです。しようと思ってできることでもないし、ノウハウもありません。

何事も一生懸命が私の信条で今までやってきましたが、見る人は見ている、というのが最近の感想です。聴いて下さる方がたとえ一人でも、その一人の人が感動するような演奏が出来れば、それは1000人に聞かせるよりも価値のあることだと思います。又たとえ聞いて下さる方が一人もいなくても、同じように演奏できれば本当のプロフェッショナルと言えるでしょう。

魅力ある演奏をするには、まず自分を磨くことが大切ですね。

~プロになりたいあなたへ~